症状別漢方紹介

耳鳴りの漢方薬

一口に「耳鳴り」といっても,その状況は様々です。
一日中なっている人,静かな環境にいると気になる人,何かに集中していると気にならない人・・・・
片耳で響く人,両耳で響く人,頭の中全体で響く人・・・・
キーンとかピーという高い音のひと,蝉の鳴くような音の人・・・・
ストレスや季節によって悪化する人・・・・
頭痛・肩こりのある人,高血圧やのぼせを伴う人,足腰の冷える人,腰や膝のだるい人・・・・
便秘気味の人,下痢気味の人・・・・
お年寄り,中高年,若い人・・・・

一見,耳鳴りとは関係のなさそうなことでも,体質の裏付けに大切な事柄もあります。
こういった耳鳴りの状況や体質によって,使用するお薬は変わります。

「腎は耳に竅(アナ)を開く」
この言葉は,五臓の一つである腎の状況が耳に反映されやすいことを,表現しています。
漢方では,呼吸や拍動,消化吸収などの生命活動を五臓に振り分けます。それぞれの状況は,体の外部に開く感覚器官に反映されるとされています。

肝は目に開竅(かいきょう)する 心は舌に開竅する 脾は口に開竅する 肺は鼻に開竅する 腎は耳に開竅する

ですから,耳の症状がある場合には,まず腎の調子をうかがう必要があります。

腎の働きは様々あります。現代の言葉で表現すると,以下のようになります。
1)成長・発育・生殖・老化を支配する(骨や脳とも関連)
2)水分代謝をコントロールする(膀胱と協力)
3)カルシウム代謝をコントロールする(骨)
4)聴覚・平衡感覚をコントロールする(耳)
5)呼吸をコントロールする(肺と協力) など

このように腎は大変重要な働きをする所です。これら1~5に関連するような状況・症状があれば,腎の機能低下による耳鳴りを考慮します。具体的には,老化や排尿困難,骨粗鬆症,腰痛,めまい,難聴,過労などです。
腎の機能低下による耳鳴りは,低い音になるといわれています。

他の臓との関わりも考慮する
上の1~5に関連するような症状がないにもかかわらず,耳鳴りが発生することもあります。気の高ぶりや血行不良が原因となることが多いです。これらの要因は,高血圧や動悸,肩こり,頭痛,のぼせ,冷えなどを伴い,耳鳴りの音は高音になることが特徴です。五臓の中では,肝や心との関わりが考えられます。またストレスの影響も配慮します。

そのほか,胃腸に問題がある場合には,消化器系を支配する脾との関わりを考慮します。

状況に合わせた漢方薬を用いる
上記のような観察をもとに,用いるべき漢方薬を選択します。五臓への配慮と,気・血・水や寒・熱のバランス調整が重要です。

「耳鳴り」の改善を効能とする漢方薬には「耳鳴丸」「杞菊地黄丸」があります。これらは,腎と肝を補う漢方薬です。ですから一部の耳鳴りには,大変有効なこともあります。

耳鳴りの店頭症例

Sさん ピーという高音の耳鳴りが1ヵ月続いている
年齢58歳 男性 身長172cm 体重77kg
耳鳴りは両耳で感じるが,左の方が強い。日によって強く聞こえる日と,そうでもない日がある。朝起きたときに,耳鳴りがしているのがつらい。聴力には問題ない。耳鼻科でビタミン剤等を処方されているが効果なし。
15年前に心筋梗塞で治療。現在,抗血栓薬のほか,血圧・中性脂肪・血糖を下げる薬,および便秘薬を服用している。
頭痛・肩こり・腰痛・排尿異常などはない。食欲普通。煙草は10数年前に止めた。
毎晩少量の飲酒。目が疲れやすい。
仕事上ストレスが多いが,釣りなど多趣味。
舌を見ると,色やや薄く “ぼてっ”としている。舌上の苔は白くべとつきが強い。

漢方薬
1)竜胆瀉肝湯 1回1包 1日3回 (通常の成人量)
2)杞菊地黄丸 1回0.5丸 1日夜1回 (通常の成人量の25%)
1),2)とも14日分をご購入いただきその日の夜から服薬開始

経過
来局の翌々日の夕方,薬局に電話があり,朝から耳鳴りが治ってしまっているとのこと。
杞菊地黄丸は14日間服薬を続け,竜胆瀉肝湯は症状が発生したら,再服するようアドバイス。

解説
Sさんの場合,腎の問題より,高血圧や中性脂肪の問題とストレスが基本にあると思われました。そこで代謝を改善し,神経の亢進を落ち着かせる竜胆瀉肝湯をベースとすることをおすすめしました。しかし,年齢的なことや,目の疲労を考慮し,腎・肝を補うのに有効な杞菊地黄丸の併用もあわせておすすめしました。ここで,両方剤に含まれる生薬の地黄の含有量を配慮し,杞菊地黄丸は通常の4分の1にしていただくよう説明しました。様々な耳鳴りがある中で,Sさんの場合は比較的,治癒しやすい状況であったと言えると思います。
竜胆瀉肝湯は,通常排尿異常などに使用されることが多いのですが,「和漢薬方意辞典(中村謙介著・緑書房)」によれば,排尿難渋のほか,身体上部の熱による症状・精神症状として,皮膚浅黒・掌蹠自汗・口渇・頭痛・眼痛・めまい・耳鳴り・難聴・不眠・感情不安定などに適応するとして紹介されています。

※実際に漢方薬を使用する際は、詳しい相談の上,服用下さい。

執筆者情報

毛塚 重行

研究報告・講演等

翻訳

    東洋学術出版社『中医臨床』

  • 小児疾患と湿熱の関係
    (中医臨床第107号2006年12月20日 「略論湿熱在中医児科発病学上的意義」浙江省中医薬研究院 王英)
  • 卵管閉塞による不妊36例に対する中西医結合治療
    (中医臨床第105号2006年6月20日 「中西医結合治療輸卵管阻塞性不妊症36例臨床観察」 劉軍)
  • 加味玉屏風湯による抗精子抗体陽性の女性患者57例の治療
    (中医臨床第105号2006年6月20日 「加味玉屏風湯治療女性抗精子抗体陽性57例」広東省仏山市第一人民病院 謝普練 韓慧)
  • 解表剤運用の心得
    (中医臨床第103号2005年12月20日 「解表剤運用心法」北京中医薬大学薬学系 倪誠)
  • 中医による難治性眼疾患の治療効果
    (中医臨床第102号2005年9月20日 「中医薬治療疑難眼病的療効簡介」中国中医研究院眼科医院)
  • 眼科領域における退翳明目法の応用
    (中医臨床第102号2005年9月20日 「退翳明目在眼科的応用」山東中医薬大学付属医院眼科 郭承偉)
  • 「明珠飲」による内眼疾患の治療
    (中医臨床第102号2005年9月20日 「中薬明珠飲治療内眼病挙隅」上海中医薬大学付属曙光医院眼科 潘雅?)
  • 名医の処方-疏肝解鬱益陰湯
    (中医臨床第102号2005年9月20日 「疏肝解鬱益陰湯」河北省人民医院眼科 ?賛襄)
  • 明目地黄丸および益精昇陰法
    (中医臨床第102号2005年9月20日 「明目地黄丸考証及応用-兼論益精昇陰法(二)」中国中医研究院眼科医院 高健生他)
  • 眼疾患に有用な方剤/石斛夜行丸方
    (中医臨床第102号2005年9月20日 「試析石斛夜光丸方」北京中医薬大学東直門医院眼科 祁宝玉他)
  • 眼科領域における細辛の臨床応用
    (中医臨床第102号2005年9月20日 「細辛在眼科臨床的応用」湖北省襄樊職業技術学院医学分院 汪碧涛)
  • 慢性前立腺炎の治療
    (中医臨床第101号2005年6月20日 「中西医結合治療慢性前立腺炎的思路与方法」福建中医学院 戴春福)
  • 益気養陰清熱法を併用した急性骨髄性白血病の治療中医臨床
    (中医臨床第100号2005年3月20日 「益気養陰清熱法輔助治療急性髄系白血病臨床療効観察」山東中医薬大学付属医院 徐瑞栄他)
  • 糖尿病性腎症の4大病機
    (中医臨床第99号2005年3月20日 「糖尿病腎病腎小球硬化症的中医病機探討」上海中医薬大学付属龍華医院 劉玉寧)
  • 「気」の中医的概念と理気の方薬
    (中医臨床第93号2003年6月20日 「緒論:中医的『気』与理気方薬」北京中医薬大学 王琦)
  • 「辛開苦降」の意味
    (中医臨床第92号2003年3月20日 「辛開苦降」河北省浹水県医院中医科 劉興武)
  • 「風薬治血」-風薬による血病治療
    (中医臨床第91号2002年12月20日 「風薬治血探微」瀘州医学院付属中医院 鄭国慶)
  • 老中医たちがもっとも得意とする生薬…それが黄耆
    (中医臨床第89号2002年6月20日 南京中医薬大学 黄煌)
  • 補陽還五湯の応用
    (中医臨床第89号2002年6月20日 「補陽還五湯治験2則」江蘇省常熟市中医院 李葆華)
  • 黄耆の運用経験
    (中医臨床第89号2002年6月20日 「黄耆的応用体会」南京中医薬大学 孟景春)
  • 黄耆の医案3例
    (中医臨床第89号2002年6月20日 「黄耆医案3則」南京中医薬大学 黄煌)
  • 防已黄耆湯の解釈と臨床応用
    (中医臨床第89号2002年6月20日 「防已黄耆湯」南京中医薬大学 蒋明・張国鐸)
  • 応用範囲の広い温胆湯
    (中医臨床第88号2002年3月20日 「温胆湯的臨床応用」江蘇省連雲港市中医院 趙化南)
  • 温胆湯の症例報告
    (中医臨床第88号2002年3月20日 「温胆湯的症例報告」南京医科大学付属淮安第一医院 李樹年)

薬剤師・薬学修士・国際中医専門員

Shigeyuki Kezuka

学歴
東京薬科大学薬学部薬学科卒業
金沢大学大学院薬学研究科(薬用植物園)修士課程修了
南京中医薬大学留学(2000~2002)
職歴
吉祥寺東西薬局勤務(1996~2000)br毛塚薬局勤務(2002~2005)brさくら堂漢方薬局開設・ 運営(2005〜)br国際医療福祉大学薬学部非常勤講師(2020~2024)
獨協医科大学看護学部非常勤講師(2025〜 )
所属
日本中医薬学会
日本東洋医学会
日本中医薬研究会
栃木中医薬研究会
東亜医学協会
日本漢方連盟
日本薬剤師会