漢方日記

婦人科の重要生薬 当帰《NaturalLife58_’15.8》

秋によく育った根を収穫する当帰(とうき)は、数ある漢方生薬の中でも非常に頻用される重要生薬の一つです。生薬の教科書では補血薬というグループの代表格とされています。補血薬は文字通り血を補う作用を持つ薬ですから、血の不足した状態に用いるのですが、血の不足とは単に西洋医学的な貧血を意味するのではなく、血色の悪さ、月経の遅れ、月経血の不足、めまい、立ちくらみ、便秘などを総合的に検討して判断します。月経との関わりが強いために婦人の要薬とされていますが、男性に用いられることも少なくありません。

栽培の際、根をよく育てるためには花をつけさせないようにします。花がつくと根にすが入ったり、硬くなるためです。そこで栽培農家では春先に「芽くり」と呼ばれる作業を行います。当帰の上端にある芽をへらで取り去るのです。

当帰の野生種にはミヤマトウキやツクバトウキがありますが、ドクダミやセンブリのような日本古来の薬草としてはあまり利用されてこなかったようです。

日本で生薬として流通する当帰は、奈良県を中心に栽培される大和当帰(やまととうき)と北海道に導入された北海当帰(ほっかいとうき)があります。セロリのような芳香があり、口に含んでかじると甘みとわずかな辛みを感じます。

補血薬には当帰のほかにも様々なものがあるのですが、当帰が頻用されるのは効果が非常に優れているからです。血色や月経を改善させるだけでなく、血流を改善して体を温めたり、腹痛や関節痛、便秘などにも良効が期待できます。とくに不妊症の治療においてはなくてはならない生薬であり、当帰の名もその効果が由来だといわれています。名前にまつわるいくつかの伝説が残っていますのでご紹介します。

○体が弱く子宝に恵まれない嫁が実家に戻されていたが、当帰を服用して妊娠できる体となり、夫の元に「当(まさ)に帰るべし」となった。

○出産のために実家に帰った嫁が、当帰を産後に服用して元気になり、婚家に「当(まさ)に帰るべし」となった。

優れた効果を持つ当帰ですが、実際には当帰だけですべての薬効が発揮されるわけではありません。当帰と相互に薬効を高め合う組み合わせが必要であり、それこそが漢方処方の特徴です。当帰を慎重に使うべき状態もありますので、実際の使用には専門家とのご相談が不可欠です。