漢方の生薬
高貴な生薬 冬虫夏草《NaturalLife85_’18.3》
「冬虫夏草」と書いて「とうちゅうかそう」と読む生薬があります。この正体はコウモリガという蛾の幼虫に寄生したキノコです。古くから薬効が知られ,薬膳料理などにも利用されていますが,収穫量が少なく,年々価格が高騰し続けています。
冬虫夏草は中国のチベット,青海省,四川省,雲南省,甘粛省などの寒冷な高原地帯に産出します。草原に住むコウモリガの幼虫が地中に潜るときに冬虫夏草属の菌に感染すると,春になって気温が上昇したときに,菌糸が成長し,幼虫は死んでしまいます。頭を地中から突き出し,その先に子実体と呼ばれるキノコの柄が伸びて現れますので,それを採集します。
伝統的なチベット医学では,冬虫夏草は重要な生薬であり,漢方でも滋養強壮に用いられます。とくに呼吸器系を強化することに優れており,慢性の喘息や気管支炎などの呼吸器疾患に応用されます。
実は,虫から生えるキノコは世界中にたくさんあります。現在その総称としても「冬虫夏草」という名前が使われ,上述の古来生薬として珍重されてきた物を「シネンシス・トウチュウカソウ」と呼んで区別することがあります。とくに日本は400種もの冬虫夏草が発見されており,冬虫夏草の宝庫と言っても過言ではないとのことです。冬虫夏草の図鑑が数種出版されており,内容を見てみると,種類によって色形が様々であることがわかります。決して気色の良い物ではないのですが,摩訶不思議な格好と生態につい見入ってしまいます。
私が薬用植物園に所属していた時,セミが大発生した年がありました。その年,薬草を植えるためにある土地を耕していたところ,セミの幼虫にキノコが生えた,セミタケと呼ばれる冬虫夏草の仲間がゾロゾロと出てきた思い出があります。
最近は,シネンシス・トウチュウカソウだけでなく,様々な冬虫夏草の薬理研究が進んでおり,いろいろな治療の可能性が示唆されるようになってきました。また,人工培養によって冬虫夏草の菌糸を増産する技術も進歩しています。冒頭に触れたように,天然の冬虫夏草(シネンシス・トウチュウカソウ)はあまりにも高額になり,利用しがたくなっていますので,これらの進歩は大変な朗報といえるでしょう。
写真1:シネンシス・トウチュウカソウの標本
写真2:中国の生薬市場で売られている特級冬虫夏草(1kgあたり約250万円!)