漢方日記

しつこい咳への対策《NaturalLife128_’23.2》

風邪のひき始めからある程度時間が経ち、発熱や頭痛などの症状が治まっても、咳だけがしつこく残ってしまうことがあります。何週間も落ち着かず、咳止めもあまり効果がないとき、漢方薬が奏効を示す場合があります。

風邪を引いているときは、身体の免疫システムがウイルス掃討作戦のため、非常事態となっています。ウイルスとの戦いが終わった後、免疫システムの平常復帰や、傷ついた粘膜の修復に時間がかかっていると、症状もなかなか落ち着きません。咳が残る場合には、息苦しくなったり、睡眠の妨げになったり、周囲の目が気になったりとやっかいです。

修復が遅れる原因は様々です。ウイルスの威力が強くて傷跡が大きい場合、もともとの免疫力が低下していた場合、修復に要する栄養や水分が不足している場合などが考えられ、さらに免疫に悪影響を及ぼすストレスや睡眠不足などにも注意しなくてはなりません。

漢方的対策としては、咳の様子や、咳に付随する痰などの状態をよく確かめ、さらに体質を考慮します。風邪の初期と後期では用いる漢方薬は異なります。罹患から時間が経過しているということも大切な判断要素の一つです。

しつこく残る咳の多くは痰を伴わない空咳か、あるいは少量ののどにへばりつく粘痰を伴う咳です。このような時はのどの粘膜を潤す生薬が必要です。もっともよく使われるのはキジカクシ科のジャノヒゲ(かつてはユリ科に分類されていました)の塊根を乾燥した麦門冬(ばくもんどう)です。痰を切るにはサトイモ科のカラスビシャクの地下茎を乾燥した半夏(はんげ)を多用します。痰が多い場合には半夏を重用しますが、痰がないか、あっても少量の場合には、麦門冬を中心にして半夏などを加えた麦門冬湯(ばくもんどうとう)が活躍します。麦門冬湯はこのほか薬用人参や粳米(こうべい・うるち米)、ナツメなどを含み、滋養に優れることが想像できます。

咳止めの効果を高める生薬の一つに五味子(ごみし)があります。五味子は酸味が強く、収斂作用に優れます。収斂作用とは身体から気・血・水などが漏れ出るのを防ぐ働きです。具体的には、多汗、多尿、下痢、多量の鼻水や痰、そして多い咳などによる気や水の排出過多を防ぐのです。五味子を含む処方には小青竜湯(しょうせいりゅうとう)や生脈散(しょうみゃくさん)が有名です。

またのどが腫れていたり、痰や鼻水が黄色などに色づく場合には、消炎の生薬を含む処方を用います。そして変化が見られたらその変化に応じて処方の変更を検討し、治癒を目指します。

写真1:マツブサ科チョウセンゴミシ:紅熟した実を乾燥させたものが五味子

写真2:五味子

Natural Life No.128
(株)エーエスエーとちぎ中央発行『らいとプラザ』2023年2月号に掲載

執筆者情報

毛塚 重行

研究報告・講演等

翻訳

    東洋学術出版社『中医臨床』

  • 小児疾患と湿熱の関係
    (中医臨床第107号2006年12月20日 「略論湿熱在中医児科発病学上的意義」浙江省中医薬研究院 王英)
  • 卵管閉塞による不妊36例に対する中西医結合治療
    (中医臨床第105号2006年6月20日 「中西医結合治療輸卵管阻塞性不妊症36例臨床観察」 劉軍)
  • 加味玉屏風湯による抗精子抗体陽性の女性患者57例の治療
    (中医臨床第105号2006年6月20日 「加味玉屏風湯治療女性抗精子抗体陽性57例」広東省仏山市第一人民病院 謝普練 韓慧)
  • 解表剤運用の心得
    (中医臨床第103号2005年12月20日 「解表剤運用心法」北京中医薬大学薬学系 倪誠)
  • 中医による難治性眼疾患の治療効果
    (中医臨床第102号2005年9月20日 「中医薬治療疑難眼病的療効簡介」中国中医研究院眼科医院)
  • 眼科領域における退翳明目法の応用
    (中医臨床第102号2005年9月20日 「退翳明目在眼科的応用」山東中医薬大学付属医院眼科 郭承偉)
  • 「明珠飲」による内眼疾患の治療
    (中医臨床第102号2005年9月20日 「中薬明珠飲治療内眼病挙隅」上海中医薬大学付属曙光医院眼科 潘雅?)
  • 名医の処方-疏肝解鬱益陰湯
    (中医臨床第102号2005年9月20日 「疏肝解鬱益陰湯」河北省人民医院眼科 ?賛襄)
  • 明目地黄丸および益精昇陰法
    (中医臨床第102号2005年9月20日 「明目地黄丸考証及応用-兼論益精昇陰法(二)」中国中医研究院眼科医院 高健生他)
  • 眼疾患に有用な方剤/石斛夜行丸方
    (中医臨床第102号2005年9月20日 「試析石斛夜光丸方」北京中医薬大学東直門医院眼科 祁宝玉他)
  • 眼科領域における細辛の臨床応用
    (中医臨床第102号2005年9月20日 「細辛在眼科臨床的応用」湖北省襄樊職業技術学院医学分院 汪碧涛)
  • 慢性前立腺炎の治療
    (中医臨床第101号2005年6月20日 「中西医結合治療慢性前立腺炎的思路与方法」福建中医学院 戴春福)
  • 益気養陰清熱法を併用した急性骨髄性白血病の治療中医臨床
    (中医臨床第100号2005年3月20日 「益気養陰清熱法輔助治療急性髄系白血病臨床療効観察」山東中医薬大学付属医院 徐瑞栄他)
  • 糖尿病性腎症の4大病機
    (中医臨床第99号2005年3月20日 「糖尿病腎病腎小球硬化症的中医病機探討」上海中医薬大学付属龍華医院 劉玉寧)
  • 「気」の中医的概念と理気の方薬
    (中医臨床第93号2003年6月20日 「緒論:中医的『気』与理気方薬」北京中医薬大学 王琦)
  • 「辛開苦降」の意味
    (中医臨床第92号2003年3月20日 「辛開苦降」河北省浹水県医院中医科 劉興武)
  • 「風薬治血」-風薬による血病治療
    (中医臨床第91号2002年12月20日 「風薬治血探微」瀘州医学院付属中医院 鄭国慶)
  • 老中医たちがもっとも得意とする生薬…それが黄耆
    (中医臨床第89号2002年6月20日 南京中医薬大学 黄煌)
  • 補陽還五湯の応用
    (中医臨床第89号2002年6月20日 「補陽還五湯治験2則」江蘇省常熟市中医院 李葆華)
  • 黄耆の運用経験
    (中医臨床第89号2002年6月20日 「黄耆的応用体会」南京中医薬大学 孟景春)
  • 黄耆の医案3例
    (中医臨床第89号2002年6月20日 「黄耆医案3則」南京中医薬大学 黄煌)
  • 防已黄耆湯の解釈と臨床応用
    (中医臨床第89号2002年6月20日 「防已黄耆湯」南京中医薬大学 蒋明・張国鐸)
  • 応用範囲の広い温胆湯
    (中医臨床第88号2002年3月20日 「温胆湯的臨床応用」江蘇省連雲港市中医院 趙化南)
  • 温胆湯の症例報告
    (中医臨床第88号2002年3月20日 「温胆湯的症例報告」南京医科大学付属淮安第一医院 李樹年)

薬剤師・薬学修士・国際中医専門員

Shigeyuki Kezuka

学歴
東京薬科大学薬学部薬学科卒業
金沢大学大学院薬学研究科(薬用植物園)修士課程修了
南京中医薬大学留学(2000~2002)
職歴
吉祥寺東西薬局勤務(1996~2000)br毛塚薬局勤務(2002~2005)brさくら堂漢方薬局開設・ 運営(2005〜)br国際医療福祉大学薬学部非常勤講師(2020~2024)
獨協医科大学看護学部非常勤講師(2025〜 )
所属
日本中医薬学会
日本東洋医学会
日本中医薬研究会
栃木中医薬研究会
東亜医学協会
日本漢方連盟
日本薬剤師会