漢方日記

竜の字の付く生薬名《NaturalLife134_’24.2》

今年は2月10日が旧暦の正月になります。中華圏などでは新暦の正月よりも重要な祝祭日です。今年の干支は甲辰(きのえたつ)。甲は始まりや芽吹きの状態をあらわし、辰は振るうとか整うといった意味があります。辰にあてる竜(龍)は成長や隆盛の象徴です。

さて、空想上の生き物である竜は古来、神獣・霊獣と崇められる存在です。漢方の世界では、竜の字を名前に含む生薬がいくつか知られています。それらの生薬名に込められた竜の意味を考えてみたいと思います。

竜胆(りゅうたん):リンドウ属の植物の根です。消炎に優れ、強い苦みがあります。動物の胆(きも)は基本的に苦い物ですが、竜の胆ともなればさぞ強烈に苦いに違いありません。それほど苦い薬草なのです。

竜骨(りゅうこつ):大型哺乳動物の化石、すなわち骨です。気持ちのたかぶりを抑えたり、尿や汗などが漏れ出るのを防ぐ作用があります。かつては本当に竜の骨だと信じられていたそうです。実際には象や馬、牛などの化石です。

竜眼肉(りゅうがんにく):リュウガンという果樹の実です。血を補い、心(こころ)を養う働きがあります。心を養うことで、不安や不眠の改善に役立ちます。中国では「桂圓」の名で果物としてよく食されます。生の物は白くライチの様な食感です。中の黒い種子が透けると目玉を連想させます。黄色から褐色になったドライフルーツもよく食されます。

桂円・龍眼地竜(じりゅう):ミミズを乾燥したものです。市場に並ぶ地竜を見ると、太く長い種が利用されており、周辺でよく見かけるミミズと比べれば、竜的かもしれません。熱を冷ます働きがあり、さらに熱性の麻痺などを緩和するといわれています。

竜脳(りゅうのう):リュウノウジュという常緑樹から得られる精油の結晶です。樟脳に似た独特の芳香があり、香料にも用いられます。漢方では気つけ薬などに含まれます。樟脳に勝る香気から竜脳と名付けられたのでしょう。

伏竜肝(ぶくりゅうかん)中国の華北地方(黄土高原)に堆積する黄土(おうど・こうど)で作られたかまどで長年熱せられた土です。これを止血、止瀉、吐き気止めに使うのです。伏竜は天に昇る能力がありながら寝ている竜のことで、転じて優れた能力がありながら世に知られていない人物を意味します。中国で古くから信仰の対象であるかまどの神を伏竜になぞらえて命名されたという先人の記録が残されています。ただし伏竜肝は現在ほとんど使われていないと思われます。私も使用した経験がありません。対して気持ちを落ち着かせる竜骨や竜眼肉は扱わない日の方が少ないくらいです。世相によるのかも知れません。平和な一年となりますように。

 

Natural Life No.134
(株)エーエスエーとちぎ中央発行『らいとプラザ』2024年2月号に掲載