漢方の生薬養生・食養生
百合(ユリ)と百合(びゃくごう)《NaturalLife143_2025年8月》
7~8月ごろヤマユリは白くて大きい見事な花を山中で咲かせます。地中の鱗茎は食用のユリ根になります。またヤマユリより小型のオニユリやコオニユリも同時期に開花し、鮮やかなオレンジ色の花は人目を引き、ともに鱗茎はユリ根として利用されます。漢方ではユリ根を百合(びゃくごう)と呼び、五臓六腑の心と肺を潤して、精神を安定させたり、咳を鎮める目的で用います。五臓六腑の概念では、心は血液循環の働きと精神活動を担う臓器と考えます。心を潤すものは、血流や精神を落ち着かせる性質があります。
少々余談ですが、ユリ科の植物には、心や肺を潤す生薬が多数ありました。例えばアミガサユリの鱗茎は咳止めの貝母(ばいも)という生薬、ジャノヒゲの塊根は咳止めの麦門冬(ばくもんどう)、クサスギカズラの塊根は精神安定の天門冬(てんもんどう)、アマドコロの根茎は肺や胃の滋養に役立つ玉竹(ぎょくちく)、ナルコユリの根茎は強壮になる黄精(おうせい)などです。これらは皆、私が学生の頃はユリ科の植物と教わりました。しかし現在、遺伝子解析による分類法が主流となり、ジャノヒゲ、クサスギカズラ、アマドコロ、ナルコユリなどはユリ科から外され、キジカクシ科という新たな科の所属となりました。科は英語でいうとfamilyです。遺伝子を調べたら実は別の家族だったということです。慣れ親しんだ科が分離されてしまったことには一抹の寂しさを覚えます。
さて、話を百合に戻します。約二千年前に書かれた漢方の古典『金匱要略(きんきようりゃく)』には「百合病(びゃくごうびょう)」という病気が登場します。どのような病気かというと、感染症の後遺症や慢性的なストレスによる消耗が原因となり、その症状は、寡黙になる、表情が不安定、眠りたいのに眠れない、歩きたいのに歩けない、食べたいのに食べることができない、寒いようでも寒くないようでもあり、暑いようでも暑くないようでもある、独り言を言う、口が苦い、尿が濃黄色、舌の赤みが強い、脈が速いといった何とも曖昧な状態です。この文章を書きながらふと思い出したのが新型コロナウイルス感染症の後遺症として話題になったブレインフォグです。ブレインフォグは、頭に霧がかかったようにぼんやりとし、集中力や記憶力、思考力、理解力などが低下します。『金匱要略』では百合病の治療として百合知母湯(びゃくごうちもとう)や百合地黄湯(びゃくごうじおうとう)といった百合を中心とする処方が紹介されています。しかし両処方とも現在日本で流通する漢方製剤には存在せず、百合を含む漢方製剤は唯一、辛夷清肺湯(しんいせいはいとう)という鼻炎に用いる処方のみです。そういえば当薬局でもブレインフォグのご相談では別の処方を使用しました。今後は薬膳としてユリ根の活用を考えてみようと思っています。
↑ヤマユリ
↑オニユリ
↑コオニユリ
Natural Life No.143
(株)エーエスエーとちぎ中央発行『らいとプラザ』2025年8月号に掲載
執筆者情報

研究報告・講演等
翻訳
- 小児疾患と湿熱の関係
(中医臨床第107号2006年12月20日 「略論湿熱在中医児科発病学上的意義」浙江省中医薬研究院 王英) - 卵管閉塞による不妊36例に対する中西医結合治療
(中医臨床第105号2006年6月20日 「中西医結合治療輸卵管阻塞性不妊症36例臨床観察」 劉軍) - 加味玉屏風湯による抗精子抗体陽性の女性患者57例の治療
(中医臨床第105号2006年6月20日 「加味玉屏風湯治療女性抗精子抗体陽性57例」広東省仏山市第一人民病院 謝普練 韓慧) - 解表剤運用の心得
(中医臨床第103号2005年12月20日 「解表剤運用心法」北京中医薬大学薬学系 倪誠) - 中医による難治性眼疾患の治療効果
(中医臨床第102号2005年9月20日 「中医薬治療疑難眼病的療効簡介」中国中医研究院眼科医院) - 眼科領域における退翳明目法の応用
(中医臨床第102号2005年9月20日 「退翳明目在眼科的応用」山東中医薬大学付属医院眼科 郭承偉) - 「明珠飲」による内眼疾患の治療
(中医臨床第102号2005年9月20日 「中薬明珠飲治療内眼病挙隅」上海中医薬大学付属曙光医院眼科 潘雅?) - 名医の処方-疏肝解鬱益陰湯
(中医臨床第102号2005年9月20日 「疏肝解鬱益陰湯」河北省人民医院眼科 ?賛襄) - 明目地黄丸および益精昇陰法
(中医臨床第102号2005年9月20日 「明目地黄丸考証及応用-兼論益精昇陰法(二)」中国中医研究院眼科医院 高健生他) - 眼疾患に有用な方剤/石斛夜行丸方
(中医臨床第102号2005年9月20日 「試析石斛夜光丸方」北京中医薬大学東直門医院眼科 祁宝玉他) - 眼科領域における細辛の臨床応用
(中医臨床第102号2005年9月20日 「細辛在眼科臨床的応用」湖北省襄樊職業技術学院医学分院 汪碧涛) - 慢性前立腺炎の治療
(中医臨床第101号2005年6月20日 「中西医結合治療慢性前立腺炎的思路与方法」福建中医学院 戴春福) - 益気養陰清熱法を併用した急性骨髄性白血病の治療中医臨床
(中医臨床第100号2005年3月20日 「益気養陰清熱法輔助治療急性髄系白血病臨床療効観察」山東中医薬大学付属医院 徐瑞栄他) - 糖尿病性腎症の4大病機
(中医臨床第99号2005年3月20日 「糖尿病腎病腎小球硬化症的中医病機探討」上海中医薬大学付属龍華医院 劉玉寧) - 「気」の中医的概念と理気の方薬
(中医臨床第93号2003年6月20日 「緒論:中医的『気』与理気方薬」北京中医薬大学 王琦) - 「辛開苦降」の意味
(中医臨床第92号2003年3月20日 「辛開苦降」河北省浹水県医院中医科 劉興武) - 「風薬治血」-風薬による血病治療
(中医臨床第91号2002年12月20日 「風薬治血探微」瀘州医学院付属中医院 鄭国慶) - 老中医たちがもっとも得意とする生薬…それが黄耆
(中医臨床第89号2002年6月20日 南京中医薬大学 黄煌) - 補陽還五湯の応用
(中医臨床第89号2002年6月20日 「補陽還五湯治験2則」江蘇省常熟市中医院 李葆華) - 黄耆の運用経験
(中医臨床第89号2002年6月20日 「黄耆的応用体会」南京中医薬大学 孟景春) - 黄耆の医案3例
(中医臨床第89号2002年6月20日 「黄耆医案3則」南京中医薬大学 黄煌) - 防已黄耆湯の解釈と臨床応用
(中医臨床第89号2002年6月20日 「防已黄耆湯」南京中医薬大学 蒋明・張国鐸) - 応用範囲の広い温胆湯
(中医臨床第88号2002年3月20日 「温胆湯的臨床応用」江蘇省連雲港市中医院 趙化南) - 温胆湯の症例報告
(中医臨床第88号2002年3月20日 「温胆湯的症例報告」南京医科大学付属淮安第一医院 李樹年)
他
東洋学術出版社『中医臨床』
薬剤師・薬学修士・国際中医専門員
毛塚 重行Shigeyuki Kezuka
- 学歴
- 東京薬科大学薬学部薬学科卒業
金沢大学大学院薬学研究科(薬用植物園)修士課程修了
南京中医薬大学留学(2000~2002) - 職歴
- 吉祥寺東西薬局勤務(1996~2000)
毛塚薬局勤務(2002~2005)
さくら堂漢方薬局開設・ 運営(2005〜)
国際医療福祉大学薬学部非常勤講師(2020~2024)
獨協医科大学看護学部非常勤講師(2025〜 ) - 所属
- 日本中医薬学会
日本東洋医学会
日本中医薬研究会
栃木中医薬研究会
東亜医学協会
日本漢方連盟
日本薬剤師会
