漢方日記

看護と漢方《NaturalLife148_2026年6月》

昨年から看護学部で漢方の講義をする機会をいただいています。依頼があったのは令和5年。当時、私は看護学部での講義にイメージがわかず、依頼を受けるべきか悩みました。自分の出身である薬学部であれば、生薬学の講義などもありますし、勝手がわかっているのですが、看護学部となると見当がつきません。ところが、ちょうどその年、所属する日本東洋医学会で看護師による漢方の実践や教育に関するシンポジウムが行われ、参加しました。この時の内容は、私自身の学びとしても、さらに看護学部での漢方の講義を考えるうえでも、非常に参考になるものでした。とくにお二人の看護師の方のお話が印象に残っています。

お一人目はナイチンゲールの言葉の引用し、看護と漢方の共通点を説きました。その言葉とは、「人間は生まれつき生命力を持っていて、看護はその生命力を高めるよう環境を調整する営みである」、「良い看護は、あらゆる病気に共通するこまごましたことと、一人一人の病人に固有するこまごまとしたことの二つを観察することで成り立っている」というもの。確かに、漢方も患者自身の自然治癒力を高めることを目指します。そしてそのために、病気のもつ特徴と、一人一人の病人の持つ体質を見極めて薬を選択します。

もう一人の方は訪問看護の現場における漢方理論の応用を話してくださいました。ある高齢女性のお宅へ訪問した際、その女性はカーテンを閉め切った薄暗い部屋で、ベッドに横になっていました。表情も暗く沈み、「辛いことばかりでもう生きていたくない」と訴えたそうです。看護師はカーテンを開けて日の光が入るようにして、窓も少し開けて暖かい外の空気を入れ、自分も表情を明るく、優しく、プラス思考で声をかけたそうです。その意図は漢方の陰陽の概念に基づいており、高齢女性の状態があまりにも陰に傾いているので、陰陽のバランスを取ろうと考えたとのことです。陰陽の概念は古代中国で精緻な自然観察から生まれた自然哲学の基本的要素で、「自然界のすべてのものは陰と陽の二つで成り立ち、互いに影響し合いながらバランスを保つ」、「人間も自然の一部で、自然の陰陽に従いながら生活していくことで、健康を保つ」などと考えます。暗い部屋や表情、ネガティブな思考はすべて陰の要素です。バランスを取るために、陰から陽への転換を実践したことになります。さらには気持ちを和らげるマッサージや飲み物を提供しました。その際も、患者を観察し、漢方の考えを根拠にバランスを整える看護を行ったそうです。1時間の看護の後、高齢女性は「気持ちよかったわ、また来てね」と言うほどに、気持ちが前向きになったとのことです。

部屋が暗かったら明るくする、表情が沈んでいたら優しく声をかけるといったことは、決して特別なことではないと思われるかもしれません。しかしながらそのことに意味を見出すことは非常に重要で、こういったことの積み重ねが、実は大きな改善へと導くことになるのだと思います。漢方の概念が看護に活かせることを知り、看護学部での講義に関する大きなヒントを得る機会となりました。

昨年、私の講義を受けた学生たちからは、「漢方への印象が全く変わった」、「看護と漢方の相性の良さなどを実感した」といった感想をいただきました。

現在、NHKの朝の連続テレビ小説「風、薫る」で、那須地域出身の看護師、大関和さんをモデルにしたドラマが放送されています。主人公は、明治時代、未開だった看護分野の先駆者で、考えの基本はやはりナイチンゲールにさかのぼります。献身的な登場人物と、眼前の学生たちを勝手に重ね合わせ、胸を熱くする毎朝です。

Natural Life No.148
(株)エーエスエーとちぎ中央発行『らいとプラザ』2026年6月号に掲載

執筆者情報

毛塚 重行

研究報告・講演等

翻訳

    東洋学術出版社『中医臨床』

  • 小児疾患と湿熱の関係
    (中医臨床第107号2006年12月20日 「略論湿熱在中医児科発病学上的意義」浙江省中医薬研究院 王英)
  • 卵管閉塞による不妊36例に対する中西医結合治療
    (中医臨床第105号2006年6月20日 「中西医結合治療輸卵管阻塞性不妊症36例臨床観察」 劉軍)
  • 加味玉屏風湯による抗精子抗体陽性の女性患者57例の治療
    (中医臨床第105号2006年6月20日 「加味玉屏風湯治療女性抗精子抗体陽性57例」広東省仏山市第一人民病院 謝普練 韓慧)
  • 解表剤運用の心得
    (中医臨床第103号2005年12月20日 「解表剤運用心法」北京中医薬大学薬学系 倪誠)
  • 中医による難治性眼疾患の治療効果
    (中医臨床第102号2005年9月20日 「中医薬治療疑難眼病的療効簡介」中国中医研究院眼科医院)
  • 眼科領域における退翳明目法の応用
    (中医臨床第102号2005年9月20日 「退翳明目在眼科的応用」山東中医薬大学付属医院眼科 郭承偉)
  • 「明珠飲」による内眼疾患の治療
    (中医臨床第102号2005年9月20日 「中薬明珠飲治療内眼病挙隅」上海中医薬大学付属曙光医院眼科 潘雅?)
  • 名医の処方-疏肝解鬱益陰湯
    (中医臨床第102号2005年9月20日 「疏肝解鬱益陰湯」河北省人民医院眼科 ?賛襄)
  • 明目地黄丸および益精昇陰法
    (中医臨床第102号2005年9月20日 「明目地黄丸考証及応用-兼論益精昇陰法(二)」中国中医研究院眼科医院 高健生他)
  • 眼疾患に有用な方剤/石斛夜行丸方
    (中医臨床第102号2005年9月20日 「試析石斛夜光丸方」北京中医薬大学東直門医院眼科 祁宝玉他)
  • 眼科領域における細辛の臨床応用
    (中医臨床第102号2005年9月20日 「細辛在眼科臨床的応用」湖北省襄樊職業技術学院医学分院 汪碧涛)
  • 慢性前立腺炎の治療
    (中医臨床第101号2005年6月20日 「中西医結合治療慢性前立腺炎的思路与方法」福建中医学院 戴春福)
  • 益気養陰清熱法を併用した急性骨髄性白血病の治療中医臨床
    (中医臨床第100号2005年3月20日 「益気養陰清熱法輔助治療急性髄系白血病臨床療効観察」山東中医薬大学付属医院 徐瑞栄他)
  • 糖尿病性腎症の4大病機
    (中医臨床第99号2005年3月20日 「糖尿病腎病腎小球硬化症的中医病機探討」上海中医薬大学付属龍華医院 劉玉寧)
  • 「気」の中医的概念と理気の方薬
    (中医臨床第93号2003年6月20日 「緒論:中医的『気』与理気方薬」北京中医薬大学 王琦)
  • 「辛開苦降」の意味
    (中医臨床第92号2003年3月20日 「辛開苦降」河北省浹水県医院中医科 劉興武)
  • 「風薬治血」-風薬による血病治療
    (中医臨床第91号2002年12月20日 「風薬治血探微」瀘州医学院付属中医院 鄭国慶)
  • 老中医たちがもっとも得意とする生薬…それが黄耆
    (中医臨床第89号2002年6月20日 南京中医薬大学 黄煌)
  • 補陽還五湯の応用
    (中医臨床第89号2002年6月20日 「補陽還五湯治験2則」江蘇省常熟市中医院 李葆華)
  • 黄耆の運用経験
    (中医臨床第89号2002年6月20日 「黄耆的応用体会」南京中医薬大学 孟景春)
  • 黄耆の医案3例
    (中医臨床第89号2002年6月20日 「黄耆医案3則」南京中医薬大学 黄煌)
  • 防已黄耆湯の解釈と臨床応用
    (中医臨床第89号2002年6月20日 「防已黄耆湯」南京中医薬大学 蒋明・張国鐸)
  • 応用範囲の広い温胆湯
    (中医臨床第88号2002年3月20日 「温胆湯的臨床応用」江蘇省連雲港市中医院 趙化南)
  • 温胆湯の症例報告
    (中医臨床第88号2002年3月20日 「温胆湯的症例報告」南京医科大学付属淮安第一医院 李樹年)

薬剤師・薬学修士・国際中医専門員

Shigeyuki Kezuka

学歴
東京薬科大学薬学部薬学科卒業
金沢大学大学院薬学研究科(薬用植物園)修士課程修了
南京中医薬大学留学(2000~2002)
職歴
吉祥寺東西薬局勤務(1996~2000)
毛塚薬局勤務(2002~2005)
さくら堂漢方薬局開設・ 運営(2005〜)
国際医療福祉大学薬学部非常勤講師(2020~2024)
獨協医科大学看護学部非常勤講師(2025〜 )
所属
日本中医薬学会
日本東洋医学会
日本中医薬研究会
栃木中医薬研究会
東亜医学協会
日本漢方連盟
日本薬剤師会