漢方日記

クチナシと山梔子(さんしし)《NaturalLife118_’21.6》

庭木としてよく見かけるクチナシ。元来は東海地方以西に自生する低木です。6月~7月に純白で甘い芳香漂う印象的な花を咲かせます。1970年代には名曲「くちなしの花」が大ヒットしました。晩秋になると果実が赤黄色に熟し、厚い果皮の中には百粒ほどの種子が入っています。クチナシの語源には諸説ありますが、果実が熟しても割れることがなく、口がないという意味から「口無し」と名付けられたという説をよく目にします。

私の大学時代の恩師である指田豊先生によれば、クチナシは小鳥の糞から出た種子はよく芽が出るのですが、果肉に包まれた種子をまいても芽が出ず、果肉を水中でよく洗って取り除く必要があるそうです。指田先生はその理由を解明すべく研究を行い、果肉に含まれるゲニポシドという成分が発芽を抑制していることを突き止めました。自然界では種子が一斉に発芽すると、その後の寒波や害虫によって全滅する可能性があります。クチナシは春になって果肉が徐々に腐り、ゲニポシドがなくなった順に芽を出し、全滅することを防いでいるのだとのことです。

クチナシの実は古くから染料や食品の着色料として有名です。正月の栗きんとんや沢庵の色づけによく使われ、地方によっては郷土料理の色づけにも活用されているようです。さらにクチナシの実からは、赤や青の色素も精製することができます。黄色の色素はサフランなどと同じクロシンという成分で、赤や青の色素は前出のゲニポシドの代謝物です。

クチナシの実を乾燥させたものは漢方でも重要な生薬として活用されています。生薬名は山梔子(さんしし)です。消炎、鎮静などの効果があり、様々な炎症症状や煩燥感・焦燥感といった精神症状、また黄疸などの治療に利用されます。山梔子を含む処方として梔子豉湯(しししとう)、茵陳蒿湯(いんちんこうとう)、竜胆瀉肝湯(りゅうたんしゃかんとう)、加味逍遥散(かみしょうようさん)、黄連解毒湯(おうれんげどくとう)など多くの名方が挙げられます。さらに外用にも打ち身、捻挫の湿布薬に消炎の成分として含まれることがあります。

汎用される重要な生薬の山梔子ですが、山梔子を含む処方の長期使用者で副作用の報告もあります。大腸の壁が石灰化し、大腸間にある静脈内の流れが悪くなる腸間膜静脈硬化症という副作用です。症状としては腹痛、下痢、嘔吐などが繰り返しみられます。その原因物質もゲニポシドと考えられています。長期というのは5年から10年といわれていますので、一時的な使用においては全く心配はいりません。状態に応じて適切に使うことが肝要です。


写真1.クチナシ(アカネ科)


写真2.生薬の山梔子

Natural Life No.118
(株)エーエスエーとちぎ中央発行『らいとプラザ』2021年6月号に掲載