漢方日記

蝉の抜け殻と漢方《NaturalLife131_’23.8》

夏の風物詩の一つともいえる蝉。子供の頃の蝉取りの思い出は多くの方がお持ちではないでしょうか。蝉の抜け殻を見つけるのも楽しいもので、何となく生命の神秘を感じ、子ども心にワクワクしたものでした。うるさい鳴き声の方は夏の暑さを助長することもあるのですが、ないと寂しい気にもなる不思議な存在です。

さて、その蝉の抜け殻を漢方では薬として用います。もちろん蝉には様々な種類があります。薬用としてもいろいろな種類の抜け殻が用いられてきたようです。日本ではアブラゼミ、クマゼミ、ヒグラシ、ツクツクボウシ、ニイニイゼミ、ミンミンゼミなどが一般的に見られますが、生薬としてはやや大型のアブラゼミやクマゼミの抜け殻が主に利用されたそうです。現在日本産は流通していないようで、中国産が意外と高値で流通しています。

一般に6〜9月に樹上または地面にある抜け殻を集め、泥土を去り、さらして乾燥させます。適切に殺菌なども施され、そうして調整されたものは、蝉退(せんたい)または蝉蛻(せんだつ)という生薬名で出荷されます。

中国明代に活躍した医師で本草学者の李時珍の残した文書に次のように書かれています。「蝉は土・木の余分なエネルギーが化したもので、風を飲み、露を吸い、その気が清虚なものだから、主な治療上の功効は、一切の風熱を療する。古代には身を用い、後世では蛻を用いるが、概して臓腑、経路を治するには蝉身を用い、皮膚のはれもの・できものや風熱を治するには蝉蛻を用うべきものである」。蝉身とは蝉の体そのものです。古代には抜け殻ではなく虫体そのものを使用していたようです。そして後世ではと記されている部分は現代の使い方と同様です。

かゆみや、めまい、けいれん、ふるえといった症状は、体内に風が発生して症状となって現れると漢方では捉えます。自然界では気圧の差や気温の変化などよって風が生じるように、人体内でも人体成分の偏りや炎症による局所の熱性変化、または冷気など外部からの風に侵入によって体内風が生じると考えます。日本での蝉退の使い方としては、皮膚炎に用いられる消風散(しょうふうさん)に含まれます。まさに風を消す処方で、赤み、ジュクジュクとした分泌液、かゆみなどを目標に使用します。

中国ではさらに風邪の咽喉痛や咳、目の充血、痙攣、夜泣きなどに用いる処方に応用されます。虫を薬に使うなんて気持ちが悪いと思われがちですが、李時珍の「土・木のエネルギーが化したもので、風を飲み、露を吸い、その気が清虚」の言葉に救われる気がします。

調合される蝉退(2014年 中国にて)

Natural Life No.131
(株)エーエスエーとちぎ中央発行『らいとプラザ』2023年8月号に掲載