漢方日記

すみれの花咲く頃《NaturalLife129_’23.4》

春には様々な植物が花を咲かせますが、スミレもその一つです。宝塚歌劇団の有名な楽曲『すみれの花咲く頃』は「春すみれ咲き 春を告げる」という歌詞で始まり、淡い春の恋心が表現されています。スミレの花の可憐で清楚な姿が歌によく合っています。

一方岩崎ひろみさんが歌った1980年代のヒット曲『すみれ色の涙』では「すみれってあなたとわたしの青ざめた心が咲かせた花だと思うの・・<中略>・・すみれ色の涙」と悲恋の切ない思いにも通じるようです。

このように昔から人々に親しまれてきたスミレですが、スミレという呼称には二つの意味があり、特定の一種の植物種を指す場合と、スミレ科スミレ属の植物を総称して用いられる場合があります。ラン、タンポポ、サクラ、ユリ、キクなどはいずれも科や属の名前であって、特定の一種を指すものではありません。スミレの場合にはスミレという特定の一種が存在します。日本だけでスミレ属に属する種は50を超え、変種や亜種も含めると200以上あり、スミレ属のみで一冊の図鑑ができるほどです。野生のスミレ属は青紫や薄紫のものが多く、中には黄色いものや白いもの、淡紅色のものなどもあります。さらに園芸種ではより大型でカラフルなものもあり、有名なパンジーやビオラなどもスミレ属です。

大学時代、植物観察を行う部活に入っていた私は東京都八王子市や神奈川県相模原市の山によく出かけていました。山で出会うスミレ属はタチツボスミレやニョイスミレが多かった記憶があります。その後、帰省した実家の周囲の道端にたくさんのスミレ(特定の一種のスミレ)が生えていることに気付き、もはや雑草のようにたくましくはびこっている状態に驚きました。上京するまで気にもとめていなかったことにも我ながら驚きでした。

ノジスミレやコスミレは中国では薬用となり、紫花地丁と呼ばれます。日本の漢方界ではこれを「しかじちょう」と読みます。すみれに対して一般に「菫」の字を用いますが、歌壇においては「紫花地丁」と書いても「すみれ」と読むそうです。

日本の漢方界と書きましたが、実際日本で流通が許可されている漢方製剤で紫花地丁を含むものはありません。健康食品の中にはスミレ属植物を含むものがいくつか流通しています。スミレを山菜として食する地方もあるようです。ただしスミレ属の中には有毒の種類もありますので、よく確かめて利用する必要があります。

中国での留学中、処方箋の中に紫花地丁を含むものを何度か目にすることがありました。紫花地丁は顔面や背中にできる湿疹などに消炎解毒の薬草として用いられていました。

※文章中、植物学的表現の部分ではスミレ、文学的・日常的表現の部分ではすみれと記載しています。

写真1.スミレ

写真2.オオタチツボスミレ

Natural Life No.129
(株)エーエスエーとちぎ中央発行『らいとプラザ』2023年4月号に掲載