漢方日記

トチノキの思い出《NaturalLife110_’20.6》

「とちの葉の 風さわやかに 晴れわたる 町よいらかよ~」栃木県『県民の歌』の最初の部分です。私も小学校の時に習い、元気で明るい歌詞とメロディーを気に入って、友達と楽しんだのを覚えています。県内には県の木であるトチノキが街路樹として多く植えられています。新緑豊かな5月になると「とちの葉」も大きな葉を茂らせ、木陰に涼風を届けてくれる様はまさに歌の通りです。さらに5~6月は花期でもあり、たくさんの白い花を蓄えた花序が、葉の茂みの間から突き出ているような姿は見応えがあります。

『県民の歌』とともに小学生時代の思い出としてあるのが、とちの実です。秋になると果実が割れて中から現れる栗に似た種子がとちの実です。私の通った小学校にもトチノキがあり、校庭に落ちたとちの実を拾っては家に持ち帰ったのを覚えています。栗のようでいて栗より大きく、丸く、硬そうで、つやつやしている姿が、なんとも魅力的に見えたのです。食べられないのかと親に聞くと、食べられるがあく抜きがとっても大変だとのことで、勝手においしくないものと思い込んでいました。持ち帰ったとちの実をどうしたかは記憶にありません。

20代前半の一時、私は石川県で過ごしていました。となりの富山県には、薬草調査や合掌造りで有名な五箇山観光のため、山間部を訪れる機会が何度かありました。トチノキは日本に広く自生する高木で、渓谷に沿った適度に湿気のある肥沃な土壌で育ち、比較的日本海側に多いと言われています。富山の山間部では、トチノキをよく見かけ、また土産屋にあるとち餅やとちの実アイスの香ばしい風味はとても美味でした。

資料によれば、かつての日本の山村では秋にとちの実を拾い集め、手間暇かけて渋抜きをし、食用にしたとあります。祭りや正月などの「ハレ」の日にとち餅を供える風習もあったとのこと。木材も家具や器具で重宝し、トチノキは日本人にとってなじみ深い存在であるといえます。

薬木としてトチノキを見てみると、焼酎に漬けて打ち身に用いる、抽出物を漂白剤にするといった記述が見られます。また中国のシナトチノキについては、胃腸の動きを整えたり、殺虫の効果があるとされています。しかし主立った漢方書に登場することはなく、現在はあまり利用されていないのではないかと思われます。

昨年、東京の大学生オーケストラの栃木公演を聞く機会がありました。アンコールで『県民の歌』のメロディーが流れ、その心遣いに感動を覚えました。栃木県は県民歌に対する県民の認知度が高いといわれています。県木や県民歌を最も身近に感じる県民の日が6月15日、間もなくやってきます。

写真:栃木総合文化センター前のトチノキ(R2.5.21)