漢方日記

紫雲膏とムラサキ《NaturalLife122_’22.2》

寒い季節に多い手足のひび、あかぎれ、しもやけなどに用いられる漢方の軟膏剤に紫雲膏(しうんこう)があります。漢方薬にも軟膏剤は少ないながらもいくつかあり、最も有名なものが紫雲膏です。紫雲膏を考案したのは江戸時代の外科医、華岡青洲です。華岡青洲は1804年に世界で初めて全身麻酔下での乳がん手術に成功した医師で、麻酔薬研究における様々な葛藤は、有吉佐和子さんの小説『華岡青洲の妻』に描かれています。

紫雲膏の薬効成分は、紫根(しこん)と当帰(とうき)という2種の生薬です。豚脂、胡麻油そして蜜ロウを煮溶かした所に生薬成分を抽出し、冷やし固めてできあがります。紫雲膏はやけどや痔、魚の目、あせも、ただれ、湿疹・皮膚炎などにも用いられます。

ただし、紫雲膏は名前の通り濃い紫色を呈し、胡麻油の香りが漂います。この色とにおいが気になって使用を躊躇する方も少なくありません。たとえ色が目立たない程度に患部に薄く塗り込んでも、白い衣服や紙などに触れると、色が着いてしまう可能性があります。

この紫色のもとは前出の紫根です。紫根はその名も「ムラサキ」という植物の根で、古来染料として活用されてきました。もともとは日本の広範囲に自生する植物ですが、数が少なく大変貴重な植物でもありました。そのため紫色は古来、高貴な色とされ、聖徳太子の冠位十二階の最上位の冠の色も紫色です。また、ムラサキは万葉集や古今和歌集などの歌にも詠まれ、日本人にとって大変大切な植物といえますが、現在絶滅危惧種となっています。そのため薬用には中国の近縁種が用いられています。

紫根を含む内服の漢方薬もあります。数は少ないのですが、代表的な物に紫根牡蛎湯(しこんぼれいとう)があり、痔や乳腺炎に用いられます。

ちなみにムラサキはムラサキ科に属します。つまり科を代表する種ということになります。ムラサキ科にはほかにワスレナグサやヘリオトロープのような観賞植物、ボリジなどのハーブ、キュウリグサなどの山野草が属します。ムラサキ科の学名はBoraginaceae(ボラギナケアエ)で、テレビCMでおなじみの「♪痔には~~」の商品名はこの学名が由来だそうです。この商品シリーズの軟膏剤・座薬には紫根は含まれないのですが、内服顆粒には紫根が含まれているとのことです。

ムラサキは山地の明るい草原に生え、草丈は40~70cmになります。初夏から可憐な白い花を咲かせ、夏の季語にもなっているそうです。その地上の姿からは紫色を想像することは難しく、根に色素を蓄えます。ムラサキには栽培の歴史もあるのですが、容易ではないようです。比較的栽培の簡単な近縁のセイヨウムラサキが植栽されることがありますが、セイヨウムラサキは紫の色素を持たず、薬用にも染料にもなりません。今後ムラサキの栽培が確立することを期待したいです。

ムラサキ
トウキ

Natural Life No.122
(株)エーエスエーとちぎ中央発行『らいとプラザ』2022年2月号に掲載